名古屋無限景。

名古屋から始まる気まま歴史探訪。

《揚輝荘》セミナー参加第4段 ♪

こんにちは。今回もまた…揚輝荘セミナー(10/14)報告です。テーマは『米騒動』。

はて、伊藤家とどんな関係が?謎に思いながら向かったところ、やっぱりなんだかんだ面白かった揚輝荘セミナーです♪

 

『米騒動絵巻にみる名古屋の近代化』

講師:名古屋蓬左文庫 学芸員  木村慎平さん。

 

木村講師、とても丁寧で分かりやすく、米騒動絵巻を研究して本も出されたという、素晴らしい方でした。

 

蓬左文庫…気になりつつまだ行ったことがない。

 

◽️蓬左文庫とは(HPより抜粋)

尾張徳川家の旧蔵書を中心に和漢の優れた古典籍を所蔵する公開文庫。

蓬左文庫にとって、尾張藩の書物倉である「御文庫」の創設が、その歴史の始まりといえます。

 

そうだったのね。

名古屋好きの私ならばきっと楽しめる施設に違いない。いつか行ってみよう。

 

さて、今回のセミナーの特筆すべきポイントは(※注 私視点)

 

◾️米騒動について絵巻を見たことがあるならば(教科書とか)それは名古屋の米騒動の様子を描いたものである。

◾️米騒動は大正7年(1918)7月〜9月の間に、全国38市153町177村で発生した。

◾️今年(2018)は米騒動から100年目である。

 

ところで米騒動とは、

〜wikiより〜

1918年(大正7年)に日本で発生した、コメの価格急騰に伴う暴動事件、米騒動。

 

数ヶ月のうち同時に暴動がこれだけの規模で起きるって一体。今の時代のように情報のスピードがなかった時代に。暴動がそんなに盛んではない日本でこれだけ起きるというのも珍しい。

 

米の価格高騰の原因はシベリア出兵だそうだ。国内で米買い占め行動が起きて。なんか…結局人の不安感が次への問題につないでいっているのね。いつの時代も。

 

写真が普及していたこの時代に事件を絵で残した人物。

 

◽️桜井清香(さくらい きよか)※男性

     旧尾張藩士の家に生まれた日本画家。

 

描こうと思った動機が、

『毎日の新聞を見ている中に面白くなって、これを絵巻にしようと思い立ち、…』

 

世の中の騒動とは別次元に生きるのがやはり絵師ですかね(^ ^)好奇心から思わず月日を割いて楽しみながら描いてしまった作品のようです。

だから長い長い絵巻(約13m)の中身はその時代の背景と名古屋の面白い情報が沢山読み取れる。そしてその謎解きを研究者さんから直でお話を聞くとまたまた面白い。もちろん伊藤家の存在感もこのお話に登場する。

 

1910年開店 松坂屋デパートメントストアは当時の展望台だった

高さ、3階建て+塔。

塔からの眺めに展望台地図が作られ景色の写真はポストカードとなったそうな。その写真を見せていただけました。

 

平たさが…よりインパクトのある写真、だった。なにが平たいかというと、同じ高さの屋根がビッチリ敷き詰まった街並みが平たいです。何一つ突出した建物がない中に威厳高く名古屋城がポツーンとそびえ立ってました。

ということは、この写真を撮影している松坂屋デパートメントも名古屋城から眺めたら、ポツーンとそれはそれは厳かだったな違いない。今の松坂屋とはちょっと違うイメージがしてきますね。

 

騒動を描いている場所は当時出来立ての新しい大通りばかり

名古屋では有名な、広小路通や大津通、江川通りです。鶴舞公園で政治集会が行われ(鶴舞公園も出来立てホヤホヤ)大通りを使って移動(出来立ての路面電車に人が鈴生り)名古屋駅北東付近にある米屋町へ向かう暴動コース。

 

※ご参考までに wikiより………………………

米屋町とは:

愛知県名古屋市中村区の地名。現在の名駅三・四丁目の各一部に相当する。

名前の由来:

当地に名古屋米穀取引所が所在したことに由来する。同取引所は1898年(明治31年)に設置され、1927年(昭和2年)に中区米浜町へ移転した。

…………………………………………………

 

新道路は博覧会のためにドンドン開発が進んだからみたいです。古い絵巻ですが最新の近代化風景です。そこに松坂屋さんも描かれることに。

あれだけ密集した長屋の写真を見たあとだと、あんなに太い大通りを通すという一大事業のコトの大きさを感じました。まさに道路は都市の象徴なんですね。

 

若い街、名古屋

騒動があった頃の名古屋住人の年齢層を示す表を見せていただきました。今と真逆、20代前後が一番多い。絵巻からもそれが読み取れました。街に工場が沢山出来て農村からの貧しい労働者が沢山集まったからだそうだ。

全国でこれだけの規模の暴動があったのも、そんな若い新しい働き手が集まる都市が沢山生まれつつあったからなのかもしれないですね…。

 

ところでセミナーの中で木村講師が大正時代の説明としてお話しされた補足が私は印象に残りまして…

「貧富の差が激しくなりつつあったこの時代にまさにそこに伊藤家があったということでもある」

武士がエラかった時代から商人が偉くなった時代の先端を走っていた伊藤家。当時庶民の目からは一体どんな風に見えていただろうか。

 

今回の観覧者は前回より半分くらいの人数でした。揚輝荘鑑賞の人自体も少し少なかったよう。前回は連休だったからかなぁ。

 

お話しするのが楽しそうだった木村講師。質問タイムに質問できなかったのを時間外に思い切って尋ねてしまった。展望の写真で遠方に何かがそびえて見えたあれは何なのか。名古屋城と松坂屋くらいしか高層の建物がない中一体何があると?(山だと思ったけど山にしてもデカすぎる)

わざわざパワポを再立ち上げして映像を出してくれた、嬉し〜!

その間その場に居合わせた聴講者が「ノリタケチャイナじゃないか?」

おぉ〜ビンゴ⤴︎⤴︎✨

展望台地図のその辺りに「日本陶器合名会社(←創業当時の社名)」の記述があるのを皆で目撃。

えっ、あれ煙?!平たい屋根の大地、雲一つない空になんかグレーの影の塊があって…(一応その場では煙じゃないかという結論。鮮明な写真ではないのでシミかな?でスルーしそう)

そういえば今でも高いビルから遠くに煙が立ち上っているのを見ることがあるなぁ。それと一緒だ。なんとなく複雑な気分。

 

まだまだまだ興味深いお話が沢山あったけど、この辺で。詳しくは木村様のご本が蓬左文庫や徳川美術館でオールカラー500円で販売中。

えっ、オールカラーでそのお値段⁈

破格だと先生もおっしゃっていました(笑)

 

てなわけで、この度も楽しくワクワクで終わった揚輝荘セミナーでしたのでしたー\(^o^)/

 

写真がなくて寂しいのでこちらを。

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《米騒動絵巻(部分)桜井清香筆》

徳川美術館・名古屋市蓬左文庫/企画展「タイムスリップ1918 大正の名古屋―米騒動絵巻に見る100年前のモダン都市― 」

注)この企画展は終了しています。でも定期的に鑑賞できる機会があるみたいですよ^ ^

 

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こちらはセミナー資料からの写メ。上段の絵には松坂屋さんが描かれています。

 

とても柔らかい色、線、愛らしい人々の仕草が見てて癒されます♪