名古屋無限景。

名古屋から始まる気まま歴史探訪。

《揚輝荘》セミナー参加第3弾!

こんにちは。行って参りました、揚輝荘セミナー(9/23)。ちょっとお日にち経ってますが…

残念なことに一つ参加逃してます。ので正確には第4弾ですが…前回の竹中工務店の会、惜しすぎる、、

 

さて今回の内容はこちら。

「揚輝荘誕生100周年記念 ~明治維新150年~「伊藤次郎左衛門家 十三代祐良と十四代祐昌の時代」

 

伊藤次郎左衛門を調べ始めた頃、私は祐昌さまに興味を抱いた。どんな人物であっただろう、どんな活躍をされたんだろう…とても楽しみにしていました。しかし今回分かったことは、祐良、祐昌親子の共演が素晴らしかったこと。私が注目していた祐昌・祐民親子の共演と同じように、ここの代でもドラマがあったんだなぁ、と新たな視点を頂いたのでした。

 

講師は揚輝荘の会、会員の菊池光雄さん。

 

講演要旨は以下の通り。

1.名刀帯刀を許さる

2.安政大地震に被災

3.和歌の冷泉家に入門

4.写経三昧の生活

5.上野戦争での官軍の本営

6.藩債整理問題で苦悩

7.大阪へ進出

8.銀行を開業

9.名古屋法会議所を設立

10.九日会を結成

11.名古屋城の金鯱を復旧

12.謹直な人

13.芸事に親しむ

 

信じられないことに書き物を忘れた<(ToT)>細かいメモが取れませんでした⤵︎

覚えてる範囲で…好きなところをお話しします。(順不同)

 

11.名古屋城の金鯱を復旧

金鯱の運命について私は名古屋城検定の勉強をした時知りました。大政奉還後は博覧会に出、戦争では焼けてしまって茶釜に。

今回セミナーのお話は、この博覧会に出た頃の話だ。「シャチホコが博覧会などで見世物になっている悲しい運命」という風に記憶しているけどそれは本当だったようだ。成り行きを不遇に感じ助け出したのがなんと祐昌さまを中心とした運動によるものだったのだ。

そもそもは徳川慶勝さんの意向で金鯱は無くなる運命を辿りかけていたのだけど…そこはそうはならなかった。そういえば慶勝さんの件からいつシャチホコが返っていたのやら、そこは知らなかった。まさか伊藤家が関わっていたなんて。当時金鯱を管理していた宮内省に掛け合い無事生還したのだ。

 

本来在るべき場所へ戻してやろう。

 

う、何故かジンワリ…(TT)きてしまった私。。。。えっここで?と自分で自分に笑う…

 

今の名古屋の姿からはとにかく伊藤家の話がアチコチに出てくる。その多さに驚くばかりです。金鯱は結局戦争で茶釜になってしまったけど…こうして何度も復活して名古屋の象徴を誇り続けてくれていることが名古屋の力になっている気がいたします…(T人T) 

 

1.名刀帯刀を許さる

かっこいい響きですね^ ^ 以前自分で調べて知った三蘭丸の話が出ました。本能寺にいた森蘭丸は信長とともに亡くなりましたが、伊藤蘭丸は偶然違う場所にいたため生き残ったのだそうだ。信長サマと共にあれば当然そこでいなくなっていただろう。そう、だって彼には名古屋を守る使命があったからね!…なーんて( ̄▽ ̄)b

いや、ほんとにそのあとの伊藤家の活躍からするとこの流れは大きなことのように思えます。

 

セミナー資料の説明をご参考までに。

「文政10年(1827)、6歳で家督を継いだ13代祐良は、別家衆の補佐のもと店を更なる発展に導き、13歳の時尾張藩主から名字帯刀を許された」

ご両親を早くに亡くし家督と藩から役目まで頂いて、なんとも凄い13歳です…

 

12.謹直な人

祐昌さまのお話です。倹素そのもので家庭では座布団を用いず衣服は木綿を着用したとのこと。外出もよく徒歩をされたとか。なるほどそういうお人柄だったのですね!真面目一筋の人物が名古屋を支える銀行、商工会議所など様々設立しています。スタートの意思はやはり地盤の強さに関わるのではないでしょうか。祐昌さまは雅楽の保存(熱田神宮、東照宮)にも尽力されたと聞いています。名古屋を文化の面からも支えてくださった方ですね。

 

5.上野戦争での官軍の本営

「慶応2年(1866)、祐昌は19歳で家督を相続した。それから2年後、官軍と彰義隊が戦った上野戦争が勃発し、上野店は官軍の本営になった」

…のだそうです。

上野戦争なるものを初めて知りました。セミナー参加者からは「あぁあれね」みたいな雰囲気を感じた…さすが長く生きていらっしゃる方々…(これは毎度感じる)

徳川にお仕えしたんだけど官軍側にいる、という図式が名古屋の特徴だな〜と歴史の複雑さを感じます。名古屋発・伊藤家ですが関東でも様々と政治などにも関わっていたわけですね。(ちょうど西郷隆盛の番組がやっているし旬な話題かな?)

 

てな感じで報告会終了です。え、こんだけ?スイマセン、、

 

総括して感じた感想ですが…

信長様にお仕えしていた忠実なる蘭丸が仏の道を柱として商売を始めたのが伊藤家…ある意味信長さまが別の形で息づいているとも言えそうです。また尾張徳川の御用商人筆頭としての使命を果たす中、使命以上のことを残していかれたように思います。

揚輝荘の敷地にはマンションが建ってしまってロマン高まる地下洞窟は謎のままとなってしまいましたが…見学者はいつもここでため息をつきますが(笑)そのほかにもアレコレ手が入っちゃってますが、、しかしそんなことで伊藤家の息は壊れません‼︎o(`ω´ )o様々な形で世の中に根を張っている、知れば知るほど面白い伊藤家です♪

 

以上、報告&ミーハーのお喋りでした^ ^;

ども、ありがとうございました♪

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喫茶べんがらでまたも食す( ̄  ̄)✨