名古屋無限景。

名古屋から始まる気まま歴史探訪。

ヒメボタル という理由の夜更かし♪

こんにちは。

ついに今年のヒメボタル 、見てまいりました(^o^)

 

そして、予想していたよりもピークが後ろに倒れ…やや数の伸び悩み(?)であることを知ったのでした、、

まだ観察経験2度目の私は、この発生の揺らぎについて知らず、とても良い勉強になりました。(ちゃんとした情報にならずスミマセン(>_<))

 

昨年は少ないながらも11時を過ぎてから「やや増える」まで早かった気がする…。今年はその「やや増える」のがゆっくりだった印象。

 

あれー?と思っていたら、気温が高いためだからという理由を聞いた。理想は18、19度くらい。昼間暑いと気温が下がらず発生も落ちるようだ。あと、大切な湿度も奪われてそれも影響するとか…

 

確かに…もうテレビをつければ熱中症の話題が。う、この暑さではヒメちゃん出てこれないかも!?(T . T)

 

なんだかんだ気づくと深夜1時を回ってしまった。その頃には大分光り出していた。

意外にも、見えづらいと思っていた草深い広いお堀の方が、上から見下ろしていると、真っ暗な中にパラパラと光るヒメボタル がとても良く観察できました。昨年はお堀にはそれほど確認ができなかったので、今年の収穫です(^.^)

 

あの真っ暗な堀の中にいくつもの光が交互に交信を繰り返す…あの振動のような印象。見ているとうっとりしました。驚くのは、堀の向こう土手に光る光がすぐ手前の土手で光っている光と同じようにハッキリ見えること。ヒメボタル の光はとても強い。チカッ!と貫く光を見ると何か訴えかけられているような、印象が胸に残るような感じがする。

 

あの特殊な空間である堀のあっちもこっちも、光る。こんなにホタルがここには生息しているんだ…まるでお堀はホタルの家だ。

この季節だけは、お堀はホタルだけの家になってホタルだけの世界になっている。眺めていると現実から離れていくような不思議な感覚になってしまった。

 

帰宅時、堀沿いを伝いながらついつい足を止めて堀を覗いて…すっごく遅い時間だからあぶないぞーと私の頭が言うけれども、ま、いっか、とのんびり帰宅。久々の夜更かし、しかも外でフラフラ散歩しながら(笑)

最近は夜更かしして楽しむことがめっきりなかったから、ちょっと楽しかった。

 

ちょっと暑く、ちょっと湿度が出てくるこの夏の始まりの季節の頃、ヒメボタル は最盛期を迎えるんだ。なんて季節を感じるだろう、昔の人も初夏の夜の風に涼みながら、ホタルを眺めて移り変わる一瞬の季節を味わっていたんだろうなぁ…

 

果たして今日からホタル推移はどう動くだろう、分かりませんが…残り少ないホタルの命を今しばらく感じる5月となりそうです。

そろそろヒメボタルの季節

5月に入って既に数匹のホタルが観測されているそうです。(名古屋城外堀)

長時間、遅い時間まで苦労してやっと見かけた数匹のなのでしょう…ご奉仕の皆様、お疲れ様ですm(__;)m

 

昨年は5月26日に尋ねた私。ピークを越していて400匹程だったと思います。ピークは3000以上です。

年々ピークが早くなっているそうです。桜が早く咲くとホタルも早く出る傾向があるそうだ。

 

昨年の経験から「もう一週早く行けば良かったー!」と思ったので、土日であれば今年は18日、19日でしょうかね…。自然現象、なんとも言えませんから11〜25の間辺りで情報を追っておくと良いかと。(念のための前倒しにウォッチ。HPではシーズンになると毎日観測記録が出るそうなので、平日動ける方はピーク観測を狙いやすいでしょう(^ ^))

昔は6月も出たそうですが、最近はもう出ないようですので要注意。(広いお堀、偶然にも名残を見かけることはあるもしれませんが)

 

そしてそして、もう一つ大切なのは時間です。遅いんですよね、、ピーク期は夜11時に沢山見れると思います。これでも時間的に早いということです…私が昨年若干外して行った26日は夜中1時に急に光が増えました。外すとそこまで待たなくてはなりません。

ただ、11時ごろも一応出ますので、僅かな数ではありますが、あのなんとも言えない音もなく漂う幽玄の光を味わうことは出来ます(^ ^)

 

いよいよ暑く、そして名古屋らしい湿度も上がってきた感です。

皆さま体調に気をつけて、楽しいホタル日和となることをお祈りしております(^ ^)

 

☆情報サイト

https://sotobori.amebaownd.com

 

提灯作り体験をしました

円頓寺商店街に提灯屋がある。

 

前回のお堀掃除帰りに通過したら、虫に誘われて知った。

虫とは、ここのお店の看板についてたてんとう虫磁石が落ちてて拾ったのである。

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伝統工芸体験がしたいと思っていたので早速提灯作り体験を申し込みました。

マンツーマンの贅沢な時間でした。(もちろん複数人でも大丈夫)

 

あまりにも久しぶりの手仕事だったので、ちょっとだけ感覚が鈍っていた私。それに気づいて良かった。

毎日会社と家の往復で左脳偏りになっていたようで、この体験で右脳活性になって頭がクリアになった。右脳が流行った時代がありますが、脳は両方使った相乗効果がいいらしいですね。

 

あまり写真に熱心ではないので僅かな記録で申し訳ないですが…

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製作工程。巻いたヒゴの上に和紙を貼っています。(ヒゴ=体験では針金に和紙を巻いたものになります)


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職人に大切な糖分補給。集中は脳をたっぷり使います。


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可愛らしく演出のしゃっちー君。


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出来上がりました。幽玄の光です。


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自宅にて。大きさは350ccボトルと並べて、なんとなく分かりますでしょうか。

 

同じ電球ごしでも、私が既に持っているガラス、陶器(のようなもの)よりも光が柔らかく伝わってくる感じがします。

 

なんだかんだ自宅にはこの手の小さな灯りがこれで4つにもなってしまった。せっかくなので全部光らせて夜の時間を楽しむようになりました。

 

寝る前に灯を消すより、早めに光を落としますと、その段階から体が休まるようです。

日が落ちたら眠りに入る生命の活動から考えると、夜にいかに光を浴びないか、はひょっとしたら体を休めるコツかもしれません。

 

以上、名古屋物作り体験のお話でした^ - ^

名古屋城お堀掃除 〜春版〜

少々日が経ってのご報告になりますが、前回より第2回目の名古屋城お堀掃除へ参加させて頂きました。主催は、「名古屋城外堀ヒメボタルを受け継ぐ者たち」です。

 

今回は本予定とは違う別日に設置されたほうへの参加となりましたので、人数は少し。といってまさか3人とは(笑)

 

しかしゴミの散乱は凄いので…少人数でも短時間で本当に集まること集まること。

街のゴミと違って隠れ蓑になるお堀の森には、大物が多いことが特徴でしょうか。

 

いくら拾っても拾いきれないお堀のゴミですが、お掃除後はやっぱりグリーンが美しい景色に変わっています(^ ^)

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ゴミゼロにするのは中々難しいことかもしれませんが、お掃除を続けていれば、それなりに綺麗な状態は保てますよね。

 

毎度お話を伺うのですが、ヒメボタルが発見された1975年以降、正確にはどの年からか分かりませんが、ヒメボタルのためにお堀の草刈りは工夫をされるようになったようです。

幼虫や卵を守るため、根こそぎカットするようなことはしないし、刈り込むエリアも何かしら取り決めがあるようです。

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※オオウケマイマイ(奥羽毛マイマイ)に初めて対面しました。殻の表面が毛でチクチクしているのが分かりますでしょうか。名古屋では名古屋城付近だけしか確認されていないそうです。そしてヒメボタルの食料です(笑)

 

お仕事を請け負ってる名古屋市の業者の方は、既に長年積み重ねた経験があり、そのようにカットすることは慣れたものなのです。

 

優しい仕事ぶりがもう歴史となって続いている…そんなお話を聞くと、名古屋にイイモノが残ってて嬉しいなぁと思います。

 

大それた宣伝がなされるわけではないけれど、この中々表からは分からない地道な活動があることが、何か他の分野にも影響を与えて、都会と自然が上手く折り合っていくことが守られる切っ掛けになるかもしれません。

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雨上がりのカタツムリ


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おいしそう(笑)

 

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電車ファンだとよく分かる?


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抜けるような空、そして桜の季節。

 

木なんかも、沢山あると嬉しい。神社ゆかりのような古い木は時々街で見かけますが、これ一本あるだけで、ふと気持ちが自然に還る。ちょっとオマケのお話です(^ ^)

 

※北区を通過した時発見。

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簡単ですが、そんなお堀掃除報告でした(^ ^)b🏯

護国神社へお祓いに

今年もまた、護国神社様でお祓いをして頂きました♪

 

今年は帰りに慰霊碑を見学しました。

つい最近知ったんです…

毎年行ってたのに。。。

 

車を払う辺りの位置かと思います。敷地の北東の方に奥へ入る空間があります。

 

護国神社であることが、もっとも感じられる場所かなと。

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写真以外にもまだまだあります。

それぞれ長い碑文が付いていますから、まともに読むとたっぷり時間がかかります。

 

木々に囲まれて、天気の良い日はとても気持ちの良い空間です。

 

今日はほかにもショットして参りました。

まずは、さざれ石。

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さざれ石って、行くとこに行かないと無いと思っていた私。あっ、護国神社にさざれ石あんじゃん!

何も書いてないし…気づかなかった〜

 

以前、石の専門家に聞いたお話。

〝さざれ石が時間をかけて巌(イワオ)となったあと、また時間をかけて小さくなり砂になる。その繰り返しだ〟

 

そんな話を聞いていたら、足元にあるサラサラの砂がただの砂に見えなくなってきた。いつかは巌になる未来をもつ砂たちらしい。

 

その時、ちょうど有名な巨石を目の前にしていたのだけど、「この石はこれから表面が剥がれていき小さくなっていくよ」とも話してくれた。

 

見え方が違うけどみんなおんなじ。循環するのかぁ…なんだか何もかもが素晴らしく見えてきました。

 

われわれも循環するのかな?私たちって今、さざれかしら、巌かしら。

 

長くなりましたが、次は猪目です。

巷では今ひそかに人気だと聞いて…私も撮っちゃいました。

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六ヶ所ある、ハートの部分です。

今年は亥年ということで話題になったのかな?

 

猪目は元々神社やお寺にある「懸魚」という一連の文様の中の一つらしいです。シャチホコなどと同じで、水に関連することから建物を火から守る意味があるとか。

 

そんな今回は歴史あり、ミーハーありのお参りとなりました。

まだこの辺りを見たことがないご参拝者さま、次回参られた時は是非いかがでしょうか。

 

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※お堀もそろそろ華やぐ季節♪

 

それでは本日はこの辺で。

ありがとうございました^ - ^

八神純子さんのチャリティーイベントへ行って参りました♪

八神純子さんの歌を聴きに行きました(^o^)

といいましても、チャリティーコンサートだから、ほぼ無料♪とってもお得なライブ。
条件としては、「フードドライブ」への寄付です。


フードドライブなるものを初めて知りました。


★フードドライブとは
各家庭で消費しない食品をお持ち頂き、お持ち頂いた食品はセカンドハーベスト名古屋を通じて、地域の福祉団体や施設、生活に困っている人たちなどに送り届ける活動です。

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余っている、というのが大事だと思う。無理して寄付はしなくていいよね。この食品、うちではあまり食べないんだよなぁ…というものって時々巡ってくること、ありますよね。隣近所にお裾分けできれば良いですが、気がついたら賞味期限切れ!なんて、ほんと勿体ない。そんなものを寄付する感じでしょうか。かなりの量が集まっていました。良いことですね♪


イベントタイトルは「ごみ非常事態宣言20周年記念イベント」というもの。ゴミを減らすために沢山の人に情報を発信するイベントです。
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f:id:sunlight333:20190217083532j:imageららぽーと名古屋イベントスペース「デカゴン」。


f:id:sunlight333:20190217083528j:image撮影はここまで。。


日本は世界の中で古紙のリサイクルが進んでいる方だそうです。名古屋市は結構頑張ってます。でも全国1位ではないようで(笑)

「一番になるにはどうしたらいいの?」と八神さん。
答えは「古紙だと判断して仕分けること」(by古紙再生促進センター)だそうです。
うーん、確かに分けてるモノ、普通に生ゴミに出しちゃってるモノ、その時の気分でバラつくことがある。これをもっと意識する、ってことみたい。う、もっとやらなくっちゃだね。


八神さんのトークで心に残ったのは、
最近は歌を歌ってて繋がりを感じる、と仰っていたことです。
歌が好きだから歌っていることと、このようなエコイベントがドッキングした。エコと歌が繋がって、沢山の人に両方のエッセンスが様々な形で「広がって」いく。
一見、まるで違う分野が手を組むことで、一様ではない、色んな形の伝わり方をするに違いない。


私は今回受け取ったイベントのエネルギーはこんな感じだ。


八神さんの母校、淑徳高等学高校の合唱部の歌があった。本当に素晴らしかった…。そして、淑徳高等高校ご近所の東邦高等高校のダンス部のダンスもあった。若い喜びの力が虹のようにキラキラして見えた。八神さんの奉仕活動からこのコラボレーションが生まれたのだ。沢山の人の喜びは、まるで栄養ドリンクのように体と心に染み渡りました。沢山の人で作る喜びっていいな。これはとても大切な形に違いない…


あともう1つ、エコ、って言葉は都会の言葉だ、と思う私。自然にならった生き方はエコそのもので、わざわざエコを掲げることなんて起きないもの。私たちは都会に暮らしてるんだ、とても物を消費して自然に負荷をかけ続ける暮らしをしている生命なんだ、ということを、エコという言葉の空間に入るたび感じてしまう。だから都会はルールが大事だ。面倒かもしれないけど、これが都市に住む人の宿命。都市暮らしを自覚して…ルールを大切にしなくてはいけないんだなぁ…
そんなことも思いました。

 

ところでなぜ今回八神純子さんのイベントへ行こうと思ったかというと、私が小さい頃にうろ覚えだった「Mr.ブルー 私の地球」を最近覚え直したことがきっかけ。偶然にも覚え直ししている時たまたまこのイベントの存在を知った。イベントでもトップにこの歌が歌われた。感動で胸が熱くなってしまいました(ノ_<)まさか本物をいま聴くことになるなんて…

 

「故郷を聞かれたら迷わず地球と答えるの」

ここが幼い頃の私が気に入っていたフレーズ。そんな風に応えられる世界があったら楽しいな〜って。でも最近そんな時代になりつつありますね(笑)嬉しい。

今回覚え直しをして改めて感動したことがある。歌詞のラスト。

「私に力を」

これ、凄くいい。このフレーズを思い切り叫ぶことの気持ち良さ。力が内側から湧いてきますよ♪


私も歌が好き。それが何かの繋がりになれるとしたら?
そんな自分への期待も膨らんだ、八神純子さんとの出会いのイベントでした(^人^)✨

名古屋市さん、企画してくれてありがと〜♡)

田原市を訪ねました♪

愛知県は田原市を訪ねたお話です。

 

田原市と言えば、羽根ラインの羽根町があるところ。やっとレポート出来る!と言いつつ…すいません今回羽根町は言ってないす(/ω\) 

博物館、民族資料館、吉胡貝塚史跡公園へ行きました♪

 

以前羽根ラインの一つとして羽豆岬の羽豆神社を訪ねたことがありますが、夢で知り合いが出てきて、謎の言葉を言ったのを考えていたらここに行き着いた、というものでした。今回も動機は同じで、夢で地名が出てきて当てをつけたのが田原市

 

気になりポイントは羽根町以外にも実はありまして、一つは「田原隕石」。たまたま名古屋のことを調べていたら本に載っていて知りました。隕石って時々落ちてきてるもんなんですね、知らなかった、、そんなロマンが日本という小さな国土でも起きている、しかも田原市にも。いーじゃんいーじゃんですね(^ ^)♪

もう一つは縄文人に関すること。田原市の保美貝塚縄文人は日本一マッチョだったというニュースが昨年出ている。(上腕の骨が通常より太いらしい)前回訪ねた羽豆岬の道中にも有名な遺跡の話があった。この辺りは縄文の話が多い。私が訪ねた吉胡貝塚史跡は縄文時代の人骨が全国で最も沢山残っていた(300体以上)ことで今も昔も変わらず有名な場所です。

 

ということで、頑張って眠い目をこすって外出しました→昼12時。おそ。朝に弱くて…

 

久々の電車で遠いなぁ…と思いつつ小旅行に段々ウキウキ。そして中継地点の豊橋に到着。

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きれーな駅!さらにワクワク。

そして早速気になりワードを発見。

 

「ほの国」

 

聞いたことあるような…古事記かな?

ネットで調べたら色々出てきました。資料からここがほの国だろうということですが、参考書の中には偽書と言われているものも含まれていた。偽書といえば竹内文書もそう言われてますから…もちろん無視できないですね(^.^)

 

まるで出来立てのように綺麗な豊橋鉄道駅だった。電車が可愛いくて思わずシャッター。

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渥美半島カラフルトレインというもので、渥美半島の花々をデザインしているとのこと。最終駅に行くまでに全種類近く見た気がする。心和みました。

 

駅から20分ほど歩くと博物館に到着。なんとお城の中だっ。

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渋い…。

 

田原の町のことが分かればと思っていたのですが、博物館って…そういえば意外と町と関係ない歴史の企画展とかやってますよね、しまった…と思いながらも地元の名士のことの展示だというので入ってみました。

 

ここで出会った人物が、渡辺崋山(わたなべ かざん)

 

経歴を読むととてもマルチな方だったんだと驚きました。しかし最後は地刃(><)。こんな立派な方が何故?と思ったら、開国の時代の関係で目をつけられ閉じ込められ、最終的にお世話になった地元藩主へ災いが及ぶのをおそれ自らの死を決意した、という感じです。清廉潔白な印象がしました。

 

そういえばこの博物館に入る前に護国神社が隣り合っていたので入りました。そこに碑があったのですが、そのうちの1つが気になりました。何か空気が違うように感じて…。それが渡辺崋山でした。何だろうこの感じは?と思い博物館で確認。もしかしたら多くのことを背負って生きた崋山先生の重みだったのかもしれません。

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崋山先生の晩年を、ハラハラしながら読んだ。開国の時代の難しさが伝わりました。今や日本は海外とこんなにも関係していますが、その第一歩の時は異端者として罰せられ沢山の命がなくなった。そういう時代の改革者の上に私たちがあるのだなぁって…。忘れてはならないですね。

 

護国神社の別の碑の足元に…なんじゃこりゃ?何故折って横たえているだろうか?気になるのでパシャリ。

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「行先を 忘れて登る 不死の山」

 

はて、どんな意味が。しかし何か今の自分と繋がる気がした。この言葉を書いたのは「岡田虎二郎」という人物。調べてみると、大正時代に民間療法として一大ブームを起こした「静坐法」の創始者とのこと。なるほど何となく意味が分かってきた。これは良い言葉だ。

 

そんな博物館での出会いをあとにし、次は民族博物館へ。ここは写真禁止のため証拠写真なし、すんません。古い時代の生活用品や仕事道具が大量にかき集めてありました。場所が昔の学校の校舎だったから雰囲気満点です。中々マニアックで面白かったです。

 

それから慌てて「吉胡貝塚史跡公園」へ向かいました。最終入場数分前になんとか到着。こぢんまりした施設ですがナレーションや展示がとても楽しめるよい感じだったと思う。

貝塚に遺体を弔う。貝は生活の大切なもの、それと同じところに大切に弔った。貝の成分が遺体の骨をこんな時代まで残してくれる結果になったのだ。

 

縄文ならどこも貝塚に弔っていたわけではないの?と思う私。地域差かな?

腕が太いといわれる保美貝塚はここの近くにある。腕が太い理由を、舟こぎのためとされている。漁が特に盛んだっただろう?弔いの方法も全国の中でも違っていただろうか?など、縄文の謎の深い愛知県南方です。

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※坂を下った向こうは昔海だったそうだ。まさに海岸沿いで暮らしていた人々の遺跡。

 

新しい地元知識を得た旅でした。これが何に繋がるかわかりましぇんが、、また新たなシンクロを目指して旅する私であった(笑)