名古屋無限景。

名古屋から始まる気まま歴史探訪。

護国神社へお祓いに

今年もまた、護国神社様でお祓いをして頂きました♪

 

今年は帰りに慰霊碑を見学しました。

つい最近知ったんです…

毎年行ってたのに。。。

 

車を払う辺りの位置かと思います。敷地の北東の方に奥へ入る空間があります。

 

護国神社であることが、もっとも感じられる場所かなと。

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写真以外にもまだまだあります。

それぞれ長い碑文が付いていますから、まともに読むとたっぷり時間がかかります。

 

木々に囲まれて、天気の良い日はとても気持ちの良い空間です。

 

今日はほかにもショットして参りました。

まずは、さざれ石。

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さざれ石って、行くとこに行かないと無いと思っていた私。あっ、護国神社にさざれ石あんじゃん!

何も書いてないし…気づかなかった〜

 

以前、石の専門家に聞いたお話。

〝さざれ石が時間をかけて巌(イワオ)となったあと、また時間をかけて小さくなり砂になる。その繰り返しだ〟

 

そんな話を聞いていたら、足元にあるサラサラの砂がただの砂に見えなくなってきた。いつかは巌になる未来をもつ砂たちらしい。

 

その時、ちょうど有名な巨石を目の前にしていたのだけど、「この石はこれから表面が剥がれていき小さくなっていくよ」とも話してくれた。

 

見え方が違うけどみんなおんなじ。循環するのかぁ…なんだか何もかもが素晴らしく見えてきました。

 

われわれも循環するのかな?私たちって今、さざれかしら、巌かしら。

 

長くなりましたが、次は猪目です。

巷では今ひそかに人気だと聞いて…私も撮っちゃいました。

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六ヶ所ある、ハートの部分です。

今年は亥年ということで話題になったのかな?

 

猪目は元々神社やお寺にある「懸魚」という一連の文様の中の一つらしいです。シャチホコなどと同じで、水に関連することから建物を火から守る意味があるとか。

 

そんな今回は歴史あり、ミーハーありのお参りとなりました。

まだこの辺りを見たことがないご参拝者さま、次回参られた時は是非いかがでしょうか。

 

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※お堀もそろそろ華やぐ季節♪

 

それでは本日はこの辺で。

ありがとうございました^ - ^

八神純子さんのチャリティーイベントへ行って参りました♪

八神純子さんの歌を聴きに行きました(^o^)

といいましても、チャリティーコンサートだから、ほぼ無料♪とってもお得なライブ。
条件としては、「フードドライブ」への寄付です。


フードドライブなるものを初めて知りました。


★フードドライブとは
各家庭で消費しない食品をお持ち頂き、お持ち頂いた食品はセカンドハーベスト名古屋を通じて、地域の福祉団体や施設、生活に困っている人たちなどに送り届ける活動です。

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余っている、というのが大事だと思う。無理して寄付はしなくていいよね。この食品、うちではあまり食べないんだよなぁ…というものって時々巡ってくること、ありますよね。隣近所にお裾分けできれば良いですが、気がついたら賞味期限切れ!なんて、ほんと勿体ない。そんなものを寄付する感じでしょうか。かなりの量が集まっていました。良いことですね♪


イベントタイトルは「ごみ非常事態宣言20周年記念イベント」というもの。ゴミを減らすために沢山の人に情報を発信するイベントです。
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f:id:sunlight333:20190217083532j:imageららぽーと名古屋イベントスペース「デカゴン」。


f:id:sunlight333:20190217083528j:image撮影はここまで。。


日本は世界の中で古紙のリサイクルが進んでいる方だそうです。名古屋市は結構頑張ってます。でも全国1位ではないようで(笑)

「一番になるにはどうしたらいいの?」と八神さん。
答えは「古紙だと判断して仕分けること」(by古紙再生促進センター)だそうです。
うーん、確かに分けてるモノ、普通に生ゴミに出しちゃってるモノ、その時の気分でバラつくことがある。これをもっと意識する、ってことみたい。う、もっとやらなくっちゃだね。


八神さんのトークで心に残ったのは、
最近は歌を歌ってて繋がりを感じる、と仰っていたことです。
歌が好きだから歌っていることと、このようなエコイベントがドッキングした。エコと歌が繋がって、沢山の人に両方のエッセンスが様々な形で「広がって」いく。
一見、まるで違う分野が手を組むことで、一様ではない、色んな形の伝わり方をするに違いない。


私は今回受け取ったイベントのエネルギーはこんな感じだ。


八神さんの母校、淑徳高等学高校の合唱部の歌があった。本当に素晴らしかった…。そして、淑徳高等高校ご近所の東邦高等高校のダンス部のダンスもあった。若い喜びの力が虹のようにキラキラして見えた。八神さんの奉仕活動からこのコラボレーションが生まれたのだ。沢山の人の喜びは、まるで栄養ドリンクのように体と心に染み渡りました。沢山の人で作る喜びっていいな。これはとても大切な形に違いない…


あともう1つ、エコ、って言葉は都会の言葉だ、と思う私。自然にならった生き方はエコそのもので、わざわざエコを掲げることなんて起きないもの。私たちは都会に暮らしてるんだ、とても物を消費して自然に負荷をかけ続ける暮らしをしている生命なんだ、ということを、エコという言葉の空間に入るたび感じてしまう。だから都会はルールが大事だ。面倒かもしれないけど、これが都市に住む人の宿命。都市暮らしを自覚して…ルールを大切にしなくてはいけないんだなぁ…
そんなことも思いました。

 

ところでなぜ今回八神純子さんのイベントへ行こうと思ったかというと、私が小さい頃にうろ覚えだった「Mr.ブルー 私の地球」を最近覚え直したことがきっかけ。偶然にも覚え直ししている時たまたまこのイベントの存在を知った。イベントでもトップにこの歌が歌われた。感動で胸が熱くなってしまいました(ノ_<)まさか本物をいま聴くことになるなんて…

 

「故郷を聞かれたら迷わず地球と答えるの」

ここが幼い頃の私が気に入っていたフレーズ。そんな風に応えられる世界があったら楽しいな〜って。でも最近そんな時代になりつつありますね(笑)嬉しい。

今回覚え直しをして改めて感動したことがある。歌詞のラスト。

「私に力を」

これ、凄くいい。このフレーズを思い切り叫ぶことの気持ち良さ。力が内側から湧いてきますよ♪


私も歌が好き。それが何かの繋がりになれるとしたら?
そんな自分への期待も膨らんだ、八神純子さんとの出会いのイベントでした(^人^)✨

名古屋市さん、企画してくれてありがと〜♡)

田原市を訪ねました♪

愛知県は田原市を訪ねたお話です。

 

田原市と言えば、羽根ラインの羽根町があるところ。やっとレポート出来る!と言いつつ…すいません今回羽根町は言ってないす(/ω\) 

博物館、民族資料館、吉胡貝塚史跡公園へ行きました♪

 

以前羽根ラインの一つとして羽豆岬の羽豆神社を訪ねたことがありますが、夢で知り合いが出てきて、謎の言葉を言ったのを考えていたらここに行き着いた、というものでした。今回も動機は同じで、夢で地名が出てきて当てをつけたのが田原市

 

気になりポイントは羽根町以外にも実はありまして、一つは「田原隕石」。たまたま名古屋のことを調べていたら本に載っていて知りました。隕石って時々落ちてきてるもんなんですね、知らなかった、、そんなロマンが日本という小さな国土でも起きている、しかも田原市にも。いーじゃんいーじゃんですね(^ ^)♪

もう一つは縄文人に関すること。田原市の保美貝塚縄文人は日本一マッチョだったというニュースが昨年出ている。(上腕の骨が通常より太いらしい)前回訪ねた羽豆岬の道中にも有名な遺跡の話があった。この辺りは縄文の話が多い。私が訪ねた吉胡貝塚史跡は縄文時代の人骨が全国で最も沢山残っていた(300体以上)ことで今も昔も変わらず有名な場所です。

 

ということで、頑張って眠い目をこすって外出しました→昼12時。おそ。朝に弱くて…

 

久々の電車で遠いなぁ…と思いつつ小旅行に段々ウキウキ。そして中継地点の豊橋に到着。

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きれーな駅!さらにワクワク。

そして早速気になりワードを発見。

 

「ほの国」

 

聞いたことあるような…古事記かな?

ネットで調べたら色々出てきました。資料からここがほの国だろうということですが、参考書の中には偽書と言われているものも含まれていた。偽書といえば竹内文書もそう言われてますから…もちろん無視できないですね(^.^)

 

まるで出来立てのように綺麗な豊橋鉄道駅だった。電車が可愛いくて思わずシャッター。

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渥美半島カラフルトレインというもので、渥美半島の花々をデザインしているとのこと。最終駅に行くまでに全種類近く見た気がする。心和みました。

 

駅から20分ほど歩くと博物館に到着。なんとお城の中だっ。

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渋い…。

 

田原の町のことが分かればと思っていたのですが、博物館って…そういえば意外と町と関係ない歴史の企画展とかやってますよね、しまった…と思いながらも地元の名士のことの展示だというので入ってみました。

 

ここで出会った人物が、渡辺崋山(わたなべ かざん)

 

経歴を読むととてもマルチな方だったんだと驚きました。しかし最後は地刃(><)。こんな立派な方が何故?と思ったら、開国の時代の関係で目をつけられ閉じ込められ、最終的にお世話になった地元藩主へ災いが及ぶのをおそれ自らの死を決意した、という感じです。清廉潔白な印象がしました。

 

そういえばこの博物館に入る前に護国神社が隣り合っていたので入りました。そこに碑があったのですが、そのうちの1つが気になりました。何か空気が違うように感じて…。それが渡辺崋山でした。何だろうこの感じは?と思い博物館で確認。もしかしたら多くのことを背負って生きた崋山先生の重みだったのかもしれません。

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崋山先生の晩年を、ハラハラしながら読んだ。開国の時代の難しさが伝わりました。今や日本は海外とこんなにも関係していますが、その第一歩の時は異端者として罰せられ沢山の命がなくなった。そういう時代の改革者の上に私たちがあるのだなぁって…。忘れてはならないですね。

 

護国神社の別の碑の足元に…なんじゃこりゃ?何故折って横たえているだろうか?気になるのでパシャリ。

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「行先を 忘れて登る 不死の山」

 

はて、どんな意味が。しかし何か今の自分と繋がる気がした。この言葉を書いたのは「岡田虎二郎」という人物。調べてみると、大正時代に民間療法として一大ブームを起こした「静坐法」の創始者とのこと。なるほど何となく意味が分かってきた。これは良い言葉だ。

 

そんな博物館での出会いをあとにし、次は民族博物館へ。ここは写真禁止のため証拠写真なし、すんません。古い時代の生活用品や仕事道具が大量にかき集めてありました。場所が昔の学校の校舎だったから雰囲気満点です。中々マニアックで面白かったです。

 

それから慌てて「吉胡貝塚史跡公園」へ向かいました。最終入場数分前になんとか到着。こぢんまりした施設ですがナレーションや展示がとても楽しめるよい感じだったと思う。

貝塚に遺体を弔う。貝は生活の大切なもの、それと同じところに大切に弔った。貝の成分が遺体の骨をこんな時代まで残してくれる結果になったのだ。

 

縄文ならどこも貝塚に弔っていたわけではないの?と思う私。地域差かな?

腕が太いといわれる保美貝塚はここの近くにある。腕が太い理由を、舟こぎのためとされている。漁が特に盛んだっただろう?弔いの方法も全国の中でも違っていただろうか?など、縄文の謎の深い愛知県南方です。

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※坂を下った向こうは昔海だったそうだ。まさに海岸沿いで暮らしていた人々の遺跡。

 

新しい地元知識を得た旅でした。これが何に繋がるかわかりましぇんが、、また新たなシンクロを目指して旅する私であった(笑)

名古屋城外堀のゴミ拾い

昨日はとってもとっても嬉しいことがありました。それは…

 

念願だった名古屋城外堀に侵入しました!!

じゃーん♫

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名古屋城外堀ヒメボタルを受け継ぐ者たち」の活動の一環、外堀のゴミ拾いのお手伝いをしたのですo(*゚▽゚*)o☆

 

会では年に2回清掃を行っているそうです。ヒメボタルを守るため沢山の行政の方にご協力を頂きながら、草刈りの調整や清掃活動を行っているのです。

かつて冷蔵庫や自転車が捨てられていたという伝説がありますが…さてさて今日はどんな大物が現れるやら…

結果は電子レンジとなりました。こんなところに捨てるな〜ですね(ーー;)私はヤカン、鍋、ポットがかたまって捨てられてるのを発見しました。浮浪者のかなぁ…。

 

1時間半程でしょうか、集まったゴミは全部で35袋ほど。あっという間に積み上がりました。でもこれは外堀のほんの一部。全体ではかなりのゴミがあります。悲しい…もっと綺麗にしたいなぁ(◞‸◟)

 

個人的に気になった物体をご紹介します。

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これってお寺のものかしら??まだ正体突き止めておりません。重たい石ですので随分前から移動はしていないと思われる…妙な歴史を感じました。

 

あともう一つ、参加者の中にライオン(株)の方がいらしたのですが(←支援いただいているそうです)ふと、気になるコメントを拾った。「大津橋付近には昔植物園があった」のだそうだ。おっ、わたし、そんな感じの気になる夢を見たの!これだったのかな?と思い興味津々です。

 

当日は寒かったですが午前中には終わって程よい運動になりました。お堀の枯れた草木がパリパリ音を立てる…久しぶりに自然に触れた心地の良さがありました。また機会があったら参加したいな♪

《揚輝荘》セミナー参加第4段 ♪

こんにちは。今回もまた…揚輝荘セミナー(10/14)報告です。テーマは『米騒動』。

はて、伊藤家とどんな関係が?謎に思いながら向かったところ、やっぱりなんだかんだ面白かった揚輝荘セミナーです♪

 

『米騒動絵巻にみる名古屋の近代化』

講師:名古屋蓬左文庫 学芸員  木村慎平さん。

 

木村講師、とても丁寧で分かりやすく、米騒動絵巻を研究して本も出されたという、素晴らしい方でした。

 

蓬左文庫…気になりつつまだ行ったことがない。

 

◽️蓬左文庫とは(HPより抜粋)

尾張徳川家の旧蔵書を中心に和漢の優れた古典籍を所蔵する公開文庫。

蓬左文庫にとって、尾張藩の書物倉である「御文庫」の創設が、その歴史の始まりといえます。

 

そうだったのね。

名古屋好きの私ならばきっと楽しめる施設に違いない。いつか行ってみよう。

 

さて、今回のセミナーの特筆すべきポイントは(※注 私視点)

 

◾️米騒動について絵巻を見たことがあるならば(教科書とか)それは名古屋の米騒動の様子を描いたものである。

◾️米騒動は大正7年(1918)7月〜9月の間に、全国38市153町177村で発生した。

◾️今年(2018)は米騒動から100年目である。

 

ところで米騒動とは、

〜wikiより〜

1918年(大正7年)に日本で発生した、コメの価格急騰に伴う暴動事件、米騒動。

 

数ヶ月のうち同時に暴動がこれだけの規模で起きるって一体。今の時代のように情報のスピードがなかった時代に。暴動がそんなに盛んではない日本でこれだけ起きるというのも珍しい。

 

米の価格高騰の原因はシベリア出兵だそうだ。国内で米買い占め行動が起きて。なんか…結局人の不安感が次への問題につないでいっているのね。いつの時代も。

 

写真が普及していたこの時代に事件を絵で残した人物。

 

◽️桜井清香(さくらい きよか)※男性

     旧尾張藩士の家に生まれた日本画家。

 

描こうと思った動機が、

『毎日の新聞を見ている中に面白くなって、これを絵巻にしようと思い立ち、…』

 

世の中の騒動とは別次元に生きるのがやはり絵師ですかね(^ ^)好奇心から思わず月日を割いて楽しみながら描いてしまった作品のようです。

だから長い長い絵巻(約13m)の中身はその時代の背景と名古屋の面白い情報が沢山読み取れる。そしてその謎解きを研究者さんから直でお話を聞くとまたまた面白い。もちろん伊藤家の存在感もこのお話に登場する。

 

1910年開店 松坂屋デパートメントストアは当時の展望台だった

高さ、3階建て+塔。

塔からの眺めに展望台地図が作られ景色の写真はポストカードとなったそうな。その写真を見せていただけました。

 

平たさが…よりインパクトのある写真、だった。なにが平たいかというと、同じ高さの屋根がビッチリ敷き詰まった街並みが平たいです。何一つ突出した建物がない中に威厳高く名古屋城がポツーンとそびえ立ってました。

ということは、この写真を撮影している松坂屋デパートメントも名古屋城から眺めたら、ポツーンとそれはそれは厳かだったな違いない。今の松坂屋とはちょっと違うイメージがしてきますね。

 

騒動を描いている場所は当時出来立ての新しい大通りばかり

名古屋では有名な、広小路通や大津通、江川通りです。鶴舞公園で政治集会が行われ(鶴舞公園も出来立てホヤホヤ)大通りを使って移動(出来立ての路面電車に人が鈴生り)名古屋駅北東付近にある米屋町へ向かう暴動コース。

 

※ご参考までに wikiより………………………

米屋町とは:

愛知県名古屋市中村区の地名。現在の名駅三・四丁目の各一部に相当する。

名前の由来:

当地に名古屋米穀取引所が所在したことに由来する。同取引所は1898年(明治31年)に設置され、1927年(昭和2年)に中区米浜町へ移転した。

…………………………………………………

 

新道路は博覧会のためにドンドン開発が進んだからみたいです。古い絵巻ですが最新の近代化風景です。そこに松坂屋さんも描かれることに。

あれだけ密集した長屋の写真を見たあとだと、あんなに太い大通りを通すという一大事業のコトの大きさを感じました。まさに道路は都市の象徴なんですね。

 

若い街、名古屋

騒動があった頃の名古屋住人の年齢層を示す表を見せていただきました。今と真逆、20代前後が一番多い。絵巻からもそれが読み取れました。街に工場が沢山出来て農村からの貧しい労働者が沢山集まったからだそうだ。

全国でこれだけの規模の暴動があったのも、そんな若い新しい働き手が集まる都市が沢山生まれつつあったからなのかもしれないですね…。

 

ところでセミナーの中で木村講師が大正時代の説明としてお話しされた補足が私は印象に残りまして…

「貧富の差が激しくなりつつあったこの時代にまさにそこに伊藤家があったということでもある」

武士がエラかった時代から商人が偉くなった時代の先端を走っていた伊藤家。当時庶民の目からは一体どんな風に見えていただろうか。

 

今回の観覧者は前回より半分くらいの人数でした。揚輝荘鑑賞の人自体も少し少なかったよう。前回は連休だったからかなぁ。

 

お話しするのが楽しそうだった木村講師。質問タイムに質問できなかったのを時間外に思い切って尋ねてしまった。展望の写真で遠方に何かがそびえて見えたあれは何なのか。名古屋城と松坂屋くらいしか高層の建物がない中一体何があると?(山だと思ったけど山にしてもデカすぎる)

わざわざパワポを再立ち上げして映像を出してくれた、嬉し〜!

その間その場に居合わせた聴講者が「ノリタケチャイナじゃないか?」

おぉ〜ビンゴ⤴︎⤴︎✨

展望台地図のその辺りに「日本陶器合名会社(←創業当時の社名)」の記述があるのを皆で目撃。

えっ、あれ煙?!平たい屋根の大地、雲一つない空になんかグレーの影の塊があって…(一応その場では煙じゃないかという結論。鮮明な写真ではないのでシミかな?でスルーしそう)

そういえば今でも高いビルから遠くに煙が立ち上っているのを見ることがあるなぁ。それと一緒だ。なんとなく複雑な気分。

 

まだまだまだ興味深いお話が沢山あったけど、この辺で。詳しくは木村様のご本が蓬左文庫や徳川美術館でオールカラー500円で販売中。

えっ、オールカラーでそのお値段⁈

破格だと先生もおっしゃっていました(笑)

 

てなわけで、この度も楽しくワクワクで終わった揚輝荘セミナーでしたのでしたー\(^o^)/

 

写真がなくて寂しいのでこちらを。

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《米騒動絵巻(部分)桜井清香筆》

徳川美術館・名古屋市蓬左文庫/企画展「タイムスリップ1918 大正の名古屋―米騒動絵巻に見る100年前のモダン都市― 」

注)この企画展は終了しています。でも定期的に鑑賞できる機会があるみたいですよ^ ^

 

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こちらはセミナー資料からの写メ。上段の絵には松坂屋さんが描かれています。

 

とても柔らかい色、線、愛らしい人々の仕草が見てて癒されます♪

環境デーなごや2018に行って参りました。

「環境デーなごや2018」体験談です。結構もう日が経ってますが…先月9/15の出来事です。

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環境デーなごやとは。

(※HPより一部抜粋)

「環境デーなごや」は、市民・事業者・行政の協働のもと、よりよい環境づくりに向けて具体的な行動を実践する契機とする行事として2000年からはじまりました。

生き物との共生・低炭素社会の実現・循環型社会の構築などをテーマに、それぞれの地域で清掃活動や環境学習、講演会などを実施する「地域行事」。 成果を持ち寄り発表、交流、学びあう「中央行事」を開催。楽しみながら環境について考える場となっています。 

 

今年で開催19年目のようですが、私は全く存在を知りませんでした。友人の誘いで初めて行きました。

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当日はちょっぴり雨降りさん(> <)

 

楽しみにしていた「名古屋城外堀ヒメボタルを受け継ぐ者たち」のブースへ行きました(^o^)♪(宣伝(笑))

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とても素敵なこのポスター、なんとメンバーからの有志だそうだ(o_O)

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ホタルの餌となるカタツムリの標本🐌

専門家さんが用意されたそうです。これはこれでまた面白そうな世界です…φ(.. )

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主役のヒメボタルちゃんです(*´꒳`*)

蛍は標本、幼虫は生きている姿を観察することができました。

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幼虫は黒いゲジゲジ…ちょっとコワイかな〜でもとても小さいから本物は可愛らしいです。足はちゃんと6本です。

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ブース用意されているものが全部温かい有志ばかりで感動しました。みんながとても楽しそうに活動されているのが伝わって、私もとっても楽しくなりました。

受け継ぐ者たちさん、この度もまたまたお世話になりました💕

 

☆☆☆

さて、お昼は楽しみにしていた屋台へ。上海ロールなるものを食べました。炒めたピーナッツにそそられて…コリコリして美味しいかった(゚ー,゚*

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飲み物持参しそびれた私は到着した時から喉がカラカラ。食後もう限界!ということでエリアを巡るもペットボトルが売っておらず。たまらず立ってる名古屋市係員らしき人を捕まえて尋ねたところ…

あそこで無料で飲めるよと案内されたのは、名古屋市の水道水の良さをアピールするブース。程よく冷やした名古屋の水道水を配布していました。

お、中々ウマイぞ?日頃水道水避けてたけど…ちょっぴり見直しました( ̄〜 ̄ )

 


さて、今度は食後のゴミを捨てたくゴミ箱を探すも見当たらず。また係員にお尋ね。が、分からないとのことで仕方なくさらに探すと…あった。しかしそれはまたもや名古屋市のブース。

「ゴミ仕分けを伝えるために我々ブースとってゴミ箱設置してるんです…!」

という名古屋市に雇われてる?どこかの業者さん男子2人。(笑)。

捨てようとしたら、「あ、ストローは可燃です」早速指導。プラ資源と可燃の区別が難しい…プラマークが無いものは可燃だそうです。でもそれっておかしくない?と質問&お喋り。楽しかった、ありがとうございます(^p^)

 


ふと、横を見るとゴミ仕分けアンケートに答えるブースがあり賑わっていた。綺麗なお姉さんに手招きされ…なされるがまま簡単なアンケートシートに答えたら最後なんと名古屋市指定資源ゴミ袋をプレゼントされた‼︎(45ℓ10枚入り)えっこれおいしい!
友達に伝えたら早速行ってた…

 

☆☆☆

さてさてそんな体験話でした。思ったより回れなくて残念。色々体験できたり何かもらえたり…タダですごく楽しい。もう少し早く行けばよかった〜

 

そんな初めての「環境デーなごや」だったのでした。素敵な体験をありがとうございましたd(⌒o⌒)b♪

《揚輝荘》セミナー参加第3弾!

こんにちは。行って参りました、揚輝荘セミナー(9/23)。ちょっとお日にち経ってますが…

残念なことに一つ参加逃してます。ので正確には第4弾ですが…前回の竹中工務店の会、惜しすぎる、、

 

さて今回の内容はこちら。

「揚輝荘誕生100周年記念 ~明治維新150年~「伊藤次郎左衛門家 十三代祐良と十四代祐昌の時代」

 

伊藤次郎左衛門を調べ始めた頃、私は祐昌さまに興味を抱いた。どんな人物であっただろう、どんな活躍をされたんだろう…とても楽しみにしていました。しかし今回分かったことは、祐良、祐昌親子の共演が素晴らしかったこと。私が注目していた祐昌・祐民親子の共演と同じように、ここの代でもドラマがあったんだなぁ、と新たな視点を頂いたのでした。

 

講師は揚輝荘の会、会員の菊池光雄さん。

 

講演要旨は以下の通り。

1.名刀帯刀を許さる

2.安政大地震に被災

3.和歌の冷泉家に入門

4.写経三昧の生活

5.上野戦争での官軍の本営

6.藩債整理問題で苦悩

7.大阪へ進出

8.銀行を開業

9.名古屋法会議所を設立

10.九日会を結成

11.名古屋城の金鯱を復旧

12.謹直な人

13.芸事に親しむ

 

信じられないことに書き物を忘れた<(ToT)>細かいメモが取れませんでした⤵︎

覚えてる範囲で…好きなところをお話しします。(順不同)

 

11.名古屋城の金鯱を復旧

金鯱の運命について私は名古屋城検定の勉強をした時知りました。大政奉還後は博覧会に出、戦争では焼けてしまって茶釜に。

今回セミナーのお話は、この博覧会に出た頃の話だ。「シャチホコが博覧会などで見世物になっている悲しい運命」という風に記憶しているけどそれは本当だったようだ。成り行きを不遇に感じ助け出したのがなんと祐昌さまを中心とした運動によるものだったのだ。

そもそもは徳川慶勝さんの意向で金鯱は無くなる運命を辿りかけていたのだけど…そこはそうはならなかった。そういえば慶勝さんの件からいつシャチホコが返っていたのやら、そこは知らなかった。まさか伊藤家が関わっていたなんて。当時金鯱を管理していた宮内省に掛け合い無事生還したのだ。

 

本来在るべき場所へ戻してやろう。

 

う、何故かジンワリ…(TT)きてしまった私。。。。えっここで?と自分で自分に笑う…

 

今の名古屋の姿からはとにかく伊藤家の話がアチコチに出てくる。その多さに驚くばかりです。金鯱は結局戦争で茶釜になってしまったけど…こうして何度も復活して名古屋の象徴を誇り続けてくれていることが名古屋の力になっている気がいたします…(T人T) 

 

1.名刀帯刀を許さる

かっこいい響きですね^ ^ 以前自分で調べて知った三蘭丸の話が出ました。本能寺にいた森蘭丸は信長とともに亡くなりましたが、伊藤蘭丸は偶然違う場所にいたため生き残ったのだそうだ。信長サマと共にあれば当然そこでいなくなっていただろう。そう、だって彼には名古屋を守る使命があったからね!…なーんて( ̄▽ ̄)b

いや、ほんとにそのあとの伊藤家の活躍からするとこの流れは大きなことのように思えます。

 

セミナー資料の説明をご参考までに。

「文政10年(1827)、6歳で家督を継いだ13代祐良は、別家衆の補佐のもと店を更なる発展に導き、13歳の時尾張藩主から名字帯刀を許された」

ご両親を早くに亡くし家督と藩から役目まで頂いて、なんとも凄い13歳です…

 

12.謹直な人

祐昌さまのお話です。倹素そのもので家庭では座布団を用いず衣服は木綿を着用したとのこと。外出もよく徒歩をされたとか。なるほどそういうお人柄だったのですね!真面目一筋の人物が名古屋を支える銀行、商工会議所など様々設立しています。スタートの意思はやはり地盤の強さに関わるのではないでしょうか。祐昌さまは雅楽の保存(熱田神宮、東照宮)にも尽力されたと聞いています。名古屋を文化の面からも支えてくださった方ですね。

 

5.上野戦争での官軍の本営

「慶応2年(1866)、祐昌は19歳で家督を相続した。それから2年後、官軍と彰義隊が戦った上野戦争が勃発し、上野店は官軍の本営になった」

…のだそうです。

上野戦争なるものを初めて知りました。セミナー参加者からは「あぁあれね」みたいな雰囲気を感じた…さすが長く生きていらっしゃる方々…(これは毎度感じる)

徳川にお仕えしたんだけど官軍側にいる、という図式が名古屋の特徴だな〜と歴史の複雑さを感じます。名古屋発・伊藤家ですが関東でも様々と政治などにも関わっていたわけですね。(ちょうど西郷隆盛の番組がやっているし旬な話題かな?)

 

てな感じで報告会終了です。え、こんだけ?スイマセン、、

 

総括して感じた感想ですが…

信長様にお仕えしていた忠実なる蘭丸が仏の道を柱として商売を始めたのが伊藤家…ある意味信長さまが別の形で息づいているとも言えそうです。また尾張徳川の御用商人筆頭としての使命を果たす中、使命以上のことを残していかれたように思います。

揚輝荘の敷地にはマンションが建ってしまってロマン高まる地下洞窟は謎のままとなってしまいましたが…見学者はいつもここでため息をつきますが(笑)そのほかにもアレコレ手が入っちゃってますが、、しかしそんなことで伊藤家の息は壊れません‼︎o(`ω´ )o様々な形で世の中に根を張っている、知れば知るほど面白い伊藤家です♪

 

以上、報告&ミーハーのお喋りでした^ ^;

ども、ありがとうございました♪

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喫茶べんがらでまたも食す( ̄  ̄)✨